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岐阜地方裁判所 平成2年(行ウ)12号 判決

原告

大野悦男

安原達次

川上清

右二名訴訟代理人弁護士

大野悦男

古田修

被告

岐阜市建築主事宮川義美

右訴訟代理人弁護士

小出良熙

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が平成二年四月一三日建築確認番号第二六五一号をもってした建築確認処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の本案前の答弁

1  原告らの訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者及び本件処分

(一) 被告は、建築確認処分を行う岐阜市の建築主事であり、平成二年四月一三日、訴外株式会社朝日住建(以下「朝日住建」という。)からの建築確認申請(以下「本件確認申請」という。)に対して、大要次の内容の本件処分を行った。

建築主 朝日住建

建築場所 岐阜市鷺山字中洙一七六五番二、同市正木字山本一五五二番二三及び一五五二番三六

敷地面積 970.44平方メートル

構造規模 鉄筋コンクリート造り地上六階建

用途 共同住宅(一九戸)

(二) 原告らはいずれも本件処分に基づいて建築される右確認対象建物(以下「本件建築物」という。)の敷地である右確認申請記載の建築場所(以下「本件敷地」という。)の近隣に居住する住民であり、本件処分に基づく建築行為によって自己の生命、身体及び財産等が侵害される危険にさらされている者である。

2  審査請求

原告らは、平成二年五月八日、岐阜市建築審査会に対し、本件処分の取消を求めて審査請求をしたが、同年八月九日に右審査請求は棄却された。

3  本件処分の違法性

しかしながら、本件処分には次のとおりの違法事由が存する。

(一) 建築基準法(以下「建基法」という。)四三条二項及び岐阜県建築基準条例(以下「県条例」という。)四条違反

建基法四三条二項に基づき制定された県条例四条によれば、延べ面積が一〇〇〇平方メートルを超える建物がある敷地は、道路に六メートル以上接しなければならない旨規定している。右県条例四条は建築物の住民及び近隣の住民の避難、通行の目的を十分に達成するために規定されたものである。

ところが、本件敷地の総建坪面積は1504.68平方メートルであって、一〇〇〇平方メートルを超えているにもかかわらず、本件敷地が道路に接する長さはわずか4.035メートルである。すなわち、本件敷地の西側及び南側には道路が存在し、右敷地の西側では道路に4.035メートル接しているが、本件敷地の南側においては右敷地と道路との間には高さ四メートル程度のがけが存在するばかりか、そのがけの上にはフェンスが設置されることになっているのであるから、到底道路に接しているとはいえない。したがって、本件敷地が道路に接しているのはその西側の4.035メートルのみである。これは明らかに建基法四三条二項及び県条例四条違反であり、原告らの避難及び通行の利益を侵害するものである。

(二) 建基法四三条二項及び県条例一二条違反

建基法四三条二項に基づき制定された県条例一二条によれば、自動車車庫の敷地に設ける自動車の出入口については、自動車車庫の用途に供する部分の床面積の合計が一〇〇平方メートルを超え一五〇平方メートル以内のときは五メートル以上の幅員を有する道路に接していなければならない旨規定しているところ、朝日住建の提出した建築確認申請書添付の設計図面によれば、その面積は一二五平方メートル以上あるのに、その出入口に接する道路の幅員は四メートルに過ぎない。これは明らかに建基法四三条二項及び県条例一二条に違反するものである。

(三) 都市計画法違反及び同法の脱法行為

都市計画法(以下「都計法」という。)二九条は、同法において規定する市街化区域において開発行為をしようとする者は、建設省令において定める規模未満(一〇〇〇平方メートル未満)のものを除き、都道府県知事の許可を受けなければならない旨規定している。ところが、本件敷地を含む地域は同法上の市街化区域であるところ、本件建築物の敷地となるべき朝日住建の所有する土地は本件敷地の970.44平方メートル(公簿面積947.14平方メートル)と右敷地北側に接続する宅地(地番 岐阜市大字正木字山本一五五二番三〇、地積38.01平方メートル、以下「一五五二番三〇の土地」という。)であり、右土地の面積と本件敷地の面積とを合計すると一〇〇〇平方メートルを超えるのに、朝日住建が本件敷地のみを本件建築物の敷地であるとして建築確認申請を行ったため、都計法二九条の県知事の許可を受けていない。このように本件建築物の敷地に関しては本来県知事の許可を受けなければならないのにその許可を受けていないところ、被告は、本件建築物の建築計画が都計法の開発許可を要しない開発行為に該当するか否かについて判断する権限を有するにもかかわらず、その点を看過して本件処分を行ったものであるから、右処分も違法である。

仮にそうでないとしても、朝日住建は、もともと本件敷地に隣接する訴外細井幸三郎の所有土地(以下「細井所有地」という。)をも含めて本件建築物の敷地とする計画を持っていたにもかかわらず、都計法の適用を免れるために右事実をことさら秘匿した上、本件建築物の敷地となるべき土地をあえて不自然に分筆し、脱法的に本件建物の敷地を一〇〇〇平方メートル未満であるとして申請したものである。したがって、右脱法行為を看過して行われた本件処分は違法である。

(四) 建基法一条及び同法一九条四項違反

本件敷地を含む岐阜市鷺山・正木地区一帯は、宅地造成等規制法(以下「宅造法」という。)三条の宅地造成工事規制区域(以下「工事規制区域」という。)に指定されている他、岐阜市のがけ地災害予防特別警戒地域、岐阜市地域防災計画による宅地造成規制指定地区及び急傾斜地崩壊危険区域にも指定されているところ、本件建築物の敷地の南側及び東側は、前者が高さ2.6メートル、後者が高さ四メートルのがけ地(以下「本件がけ地」という。)であり、しかもこれらのがけはいずれも玉石積みの構造になっているばかりか、特に南東角のがけ地には既に大きな亀裂が入っており、現在でも倒壊の危険のある状況である。

したがって、本件建物の建築工事が開始されれば、右工事期間中の掘削、工事用車両の通行による振動あるいは本件建築物の建築そのものにより、これらのがけ全体が倒壊する危険性が大きく、そうなれば、近隣住民である原告らの生命、身体及び財産に取り返しのつかない損害を及ぼす危険がある。それにもかかわらず、建築主事は、がけ地倒壊の危険を考慮することなく、がけそのものの調査もせずに本件建築物の建築確認を行ったものであるから、本件処分は、建基法一条及び同法一九条四項に照らし明らかに違法である。

(五) 宅地造成等規制法違反

前述のように、本件敷地を含む岐阜市鷺山・正木地区一帯は宅造法の工事規制区域に指定されているところ、玉石積みの本件がけ地は宅造法施行以前に造成されたものであるため、宅地造成等規制法施行令(以下「宅造法施行令」という。)八条に規定する技術的基準に達しないばかりか、本件がけ地には既に大きな亀裂の入っている箇所があり危険な状態である。このような本件がけ地の構造及び状態が同法に違反していることは明らかである。

また、朝日住建の建築計画によれば、本件南側のがけ地を切り崩して幅3.1メートルの階段(以下「本件階段」という。)を設置するとになっているが、これが宅造法施行令三条一号あるいは三号に該当することは明らかである。したがって、この点については、本来、宅造法八条一項の県知事の許可を受けなければならないにもかかわらず、右県知事の許可を受けていないという違法が存する。

本来、建築主事は建築確認処分を行うに当たって宅地造成の安全を確認する権限を有しているのであるから、これら宅造法に違反する事実を看過してなされた被告の本件処分は違法である。

仮に、建築主事に右のような権限がないとしても、少なくとも建築主事としては、宅造法の県知事の許可が出るまで建築確認処分を留保すべきであるところ、被告は右許可が出る前に本件処分を行っており、同法の趣旨に違反している。

(六) 消防活動の障害について

本件敷地にもっとも近い幹線道路である鷺山大通りから本件敷地に至る途中にあるウパーリ美容室駐車場の北東角地には、コンクリート柱(以下「本件コンクリート柱」という。)が設置されており、小型消防車以外の通常の消防車は通行することができない。したがって、本件建築物に対する消防署の消防活動は全くできない状況である。このような場所に六階建ての本件建築物の建築を認めることは、その住民はもちろんのこと、本件建築物の近隣住民を火災による被害の危険にさらすものである。したがって、このような状況下において行われた本件処分は、明らかに建基法一条に違反する違法な処分である。

4  以上のとおり、本件処分はいずれの点からみても違法であるから、原告らは、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  被告の本案前の主張

1  次のとおり、原告らは、本件処分の取消を求める法律上の利益を有しない。

(一) 建基法四三条二項及び県条例違反の主張について

原告らは、本件処分が、建基法四三条二項及び県条例の規定する接道義務に違反する旨主張するが、これらの法条は、建築対象建物の居住者の避難上ないし安全上支障なきを期する趣旨であるから、同条が保護しているのは右建築物の居住者であり、原告らのような建築対象建物の近隣住民を対象としたものではない。したがって、この点については、原告らの法律上の利益の侵害は何ら存しないというべきである。仮に何らかの利益の侵害があったとしても、それは本件確認処分と因果関係がないかもしくは受認限度の範囲内である。

(二) 都計法違反及び同法の脱法行為の主張について

原告らは、都計法違反を主張するが、仮に原告らの主張するような都計法違反の事実があったとしても、それは都計法違反の問題であり建基法違反の問題ではないばかりか、単なる近隣住民である原告らには都計法によって保護される法律上の利益も存しないから、建基法によって保護されている原告らの権利・利益が侵害されたとはいえず、したがって、この点に関して、原告らは本件処分の違法を主張する法律上の利益を有しない。仮にそうでないとしても、建築主事は都計法違反を取り締まる権限を有していないのであるから、被告の本件処分と原告らの有する法律上の利益の侵害との間には相当因果関係が存在しないかもしくは受忍限度の範囲内のものである。

(三) 建基法一条及び同法一九条四項違反について

原告らは、本件建築物の建築に伴う工事等によって本件がけ地が倒壊する危険がある旨主張するが、これらは確認対象地の危険性の問題ではなく、本件建築物の工法、広くは工事のやり方に関する問題であるばかりか、原告らが倒壊の危険を指摘する本件がけ地の南東角の部分は、本件建築物の敷地内ではなく本件敷地に隣接する原告安原の所有するがけ地であるところ、建基法は、原告らの主張するような建築対象物の工法あるいは工事車両の通行ないし建築物の敷地の隣地の保護という観点からの規制を目的とするものではないから、原告らには建基法によって守られるべき法律上の利益は存しない。

(四) 消防活動の障害について

本件コンクリート柱は当初のものよりさらに太くなり以前にも増して本件敷地への車両の通行の障害になっているが、これは原告らの意向によるものである。つまり、原告らは消防活動の障害を自ら作り出しているのであり、このような原告らの行動からすれば、仮に、法が原告らに火災から自らを守る利益を与えているとしても、原告らは、それを自ら放棄しているものである。したがって、原告らは、既に本件処分の取消を求める法律上の利益を有する者ではない。

2  期間の徒過

請求原因3(一)の主張については、行政不服審査法の定める不服申立期間を徒過した後の主張であり、不適法である。

3  被告適格

請求原因3(三)の主張は、結局、都計法二九条にいう所轄行政庁による都計法に適合していることを証する書面(以下「適合証明書」という。)の効力を争う主張であるが、右適合証明書は被告が作成したものではないから、右原告らの主張について被告には被告適格がない。

三  本案前の主張に対する原告らの反論

1  被告は、種々の理由を挙げて、原告らには建築確認の取消を求める法律上の利益がない旨主張するが、そもそも建基法一条によれば、同法の目的は専ら公益を目的としたものではなく、直接国民の保護を目的としたものであり、右国民の中には建築主はもちろんのこと近隣居住者も含まれるというべきである。したがって、近隣居住者は、確認対象建物の出現によって、火災等の不測の危険にさらされあるいは日常生活において衛生上ないし保健上不断の悪影響にさらされるおそれのある限り、建築確認処分の取消を求める法律上の利益を有するものである。以下、被告の主張に対し、個々的に反論する。

(一) 建基法四三条二項及び県条例違反の主張について

建基法の接道義務に関する規定はいわゆる集団規定のうちのもっとも重要な規定であって、それは、単に建築主あるいは確認対象建物の居住者の利益を保護するだけなく、近隣住民の防災、避難及び通行の利益を守ることもその目的としているものである。したがって、本件建築物の建築に伴う接道義務違反により、道路の交通渋滞あるいは通行の困難を引き起こし、ひいては火災避難上重大な障害を受けるおそれのある原告ら近隣住民は当然に本件処分の取消を求める法律上の利益を有するものというべきである。

(二) 都計法違反及び同法の脱法行為について

被告は、都計法違反の問題であり建基法違反の問題ではないとか、建築主事には都計法違反を取り締まる権限がないなどと主張しているが、建基法六条一項によれば、建築主事は、建築確認に当たって当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法の規定に適合するか否かを審査すべきものとされており、少なくとも、都計法二九条ただし書所定の許可不要の開発行為については、当該建築計画が同条ただし書に該当するか否かについて公定力を有する判断を行うのは建築主事であるから、建築主事は、建築確認処分を行うにあたって都計法違反及び同法の脱法行為についても審査しなければならない。また、都計法三三条は道路の幅員、配水施設、地盤の軟弱及びがけ崩れ等について規定して近隣住民の利益侵害をも考慮しているのであるから、同法が近隣住民の法的利益の保護をも目的としていることは明白である。したがって、原告らは本件処分の取消を請求するにつき都計法違反等を主張する法律上の利益を有するものである。

(三) 建基法一条及び同法一九条四項について

本件建築物が被告の建築確認処分により建設されることになると、それに伴い本件がけ地が倒壊する危険が生じるのであるから、それが建築対象建物敷地内のがけ地であるかその隣地のがけ地であるかは問題ではない。被告の違法な建築確認により本件がけ地の安全性が確保されないまま本件建築物が建築されれば、原告らは災害の危険にさらされ、その生命、身体及び財産等が侵害される恐れがあるのであるから、この点について原告らが建築確認の取消を求める法律上の利益を有することは疑う余地がない。

(四) 消防活動の障害について

本件コンクリート柱を設置したのはその土地の所有者であって、原告らとは全く関係のないことであるから、原告らが法律上の利益を放棄したということはない。

2  期間の徒過について

被告は請求原因3(一)の違法事由については不服申立期間を徒過した旨主張するが、そのような事実はなく、原告らは、不服申立期間内に右違法事由を主張している。仮にそうでないとしても、そもそも審査請求は法定の期間内に不服を申立てればよいのであって、右期間内に右申立ての理由をすべて主張しなければならないものではなく、不服申立期間経過後の追加主張も許容されているのであるから、いずれにしても、この点に関する被告の主張は理由がない。

3  被告適格について

原告らは、適合証明書の効力を争っているものではなく、被告に対し、建築主事の都計法二九条の適用に関する判断について争っているのであるから、この点について被告に被告適格が欠けるということはない。

四  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)は認める。

(二)  同(二)のうち、原告らが本件建築物の近隣に居住していることは認め、その余は否認ないし争う。

2  同2は認める。

3(一)  同3(一)のうち、建基法及び県条例に原告らが主張するような規定があることは認め、その余は否認ないし争う。

(二)  同3(二)のうち、建基法及び県条例に原告らが主張するような規定があること及び原告らが主張する一二五平方メートルが単なる駐車場の面積の主張であればそれを認め、その余は否認ないし争う。

(三)  同3(三)のうち、都計法に原告らの主張するような規定が存すること、本件敷地を含む地域一帯が同法の規定する市街化区域であること及び本件敷地に関し同法二九条に規定する県知事の許可を受けていないことは認め、その余は不知ないし争う。

(四)  同3(四)のうち、本件敷地を含む岐阜市鷺山・正木地区一帯が、原告らの主張するような区域に指定されていること(ただし、正木地区が急傾斜地崩壊危険区域に指定されているとの点を除く。)及び本件がけ地の南東角に大きな亀裂が入っていることは認め、その余は、否認ないし争う。

(五)  同3(五)のうち、本件敷地一帯が宅造法の工事規制区域に指定されていること、玉石積みの本件がけ地が宅造法施行以前に造成されたものであること、本件がけ地に大きな亀裂が入っている箇所があること、朝日住建の建築計画によれば、南側のがけ地に原告らの主張するような階段が設置される予定であること及びその点に関し宅造法八条の県知事の許可を受けていないことは認め、その余は否認ないし争う。

(六)  同3(六)のうち、原告らの主張する場所に本件コンクリート柱が設置されていることは認め、その余は否認ないし争う。

五  被告の主張(本件処分の適法性及び権利濫用)

1  本件処分は、次のとおり現行建築確認制度の趣旨に照らし何らの瑕疵もなく適法である。

(一) 建基法四三条二項及び県条例四条違反について

本件敷地は、西側で4.035メートル、南側で24.12メートルの長さでそれぞれ道路に接しており、少なくとも南側一か所で二四メートル以上の接道長があるから、六メートル以上道路に接していなければならないという県条例の規定にまさに適合しているものである。

この点、原告は、24.12メートルの接道長については、高さ四メートルのがけに面しており、しかもフェンスの設置も予定されているから法の定める接道義務の要件を満たしていない旨主張する。

しかしながら、建基法四三条一項本文の規定は、敷地と道路が一定以上の長さで接していることを要するとして、避難上の安全を要求しているのみであり、道路と敷地の高低差については何ら規定していないのであるから、本件敷地は法の要求を満たしている。そして、接道義務以外の避難上の安全が実質的に確保されているか否かの判断は、本来、建築主事の裁量に任されているところ、本件敷地の場合、南側のがけ地(ただしその高さは2.5メートル程度である。)には有効幅3.1メートルの階段が設置されるように計画され、接道義務以外の避難上の安全も確保されているから、何ら違法ではない。

(二) 建基法四三条二項及び県条例一二条違反について

県条例一二条一項は、「自動車車庫」及び「床面積」という言葉を使用しており、右条例が床面積を有する車庫について規定したものであることは明らかであるところ、本件の場合、朝日住建の提出した建築確認申請書添付の設計図面に「駐車場」と記載されている部分は「床面積を有する車庫」ではなく単なる青空駐車場であるから、県条例一二条は本件にはそもそも適用がなく、同条違反の問題も生じない。

(三) 都計法違反及び同法の脱法行為について

朝日住建は、本件敷地(970.44平方メートル)のみを本件建築物の敷地として使用する旨申請しているのであるから、同社が本件敷地のほかに同土地に隣接する土地を所有しているからといって、それだけの理由で都計法二九条に違反していることにはならない。

また、仮に本件建築物の敷地に一五五二番三〇の土地を含めるべきであったとしても、朝日住建の右隣接土地における持分は全体の八分の五であるからその部分を本件敷地に加算しても一〇〇〇平方メートルには達せず、結局、都計法二九条ただし書の県知事の許可は本来必要なかったものである。なお、原告らは、朝日住建が細井所有地を本件建築物の敷地に含める計画を持っているのに、ことさらその事実を秘匿して本件建築確認申請をした旨主張するが、そのような事実はなく(現に細井所有地は第三者に売却されて、現在、別の建築物が建設中である。)、仮にあったとしても、建築確認手続は迅速な処理が要求されるため、建築主事は法令の適合性について技術的な審査をなしうるに過ぎないから、原告らの主張するような申請者の脱法行為を取り締まる責務はない。

また、原告らは、建築主事が都計法二九条の許可の要否について実質的に判断する権限を持ちかつ義務を有するかのように主張するが、建設省通達(昭和六一年三月二八日付建設省住指発第八〇号)によれば、建築主事は書面等によって示された都計法等担当部局の判断の適法不適法まで審査するものではない旨明言されているばかりか、建基法は、都計法二九条を確認対象法令に含めるにあたり、適合証明書を確認申請書の受理要件として制度化している。したがって、建築主事は建築確認をするにあたっては適合証明書の有無を審査すれば足りるところ、本件確認申請書には適合証明書が添付されていたのであるから、本件処分において原告が主張するような違法な点は何ら存在しない。

(四) 建基法一条及び一九条四項違反について

原告らは、本件建築物の建築に伴う工事等によって、本件がけ地が倒壊する危険があるにもかかわらず、被告が本件処分を行ったことは建基法一条及び同法一九条四項違反である旨主張するが、仮に、原告らが主張するように本件がけ地に倒壊の危険があるとしても、原告らが大きな亀裂があって倒壊の危険があると主張する本件がけ地の南東角は本件敷地から二四メートルも離れた隣地のがけであり、原告らが主張していることは、確認対象地の危険性の問題ではなく、本件建築物の工法広くは工事のやり方に関するものである。そして、そもそも建築確認は法及び施行規則で定められた申請書と添付図面に基づいて行われるものであるところ、右書類の中には建築工事に関する書類は含まれないばかりか、建築主事の資格においても地質学等の素養は要求されていないから、法は建築主事が建築確認をするに当たり、工事によって確認対象建物の敷地以外のがけ地が倒壊する危険性について審査する権限を与えていないことは明らかである。また、建基法一九条四項の「建築物」とは、建築の対象となる建築物をさすところ、本件の場合は、本件建築物自体ががけ地の倒壊によって被害を受けるおそれがあるわけではないから、原告らの主張は同法とは関係がない。

以上のとおり、そもそも建築主事には、本件がけ地の倒壊によって近隣住民に被害を及ぼす危険があるか否かを審査する権限がないのであるから、本件処分は何ら違法ではない。なお、本件敷地に関しては、朝日住建の建築計画によれば、建基法一九条四項にいう「安全上適当な処置」としてセットバック及び排水等を講じることになっており、同条項の要件を満たしているものである。

仮に、建築主事にがけ地の倒壊により近隣住民が被害を受ける危険性をも審査すべき権限があったとしても、本件敷地及び本件隣地の地盤調査報告書によれば、そもそも本件がけ地は、相当頑強な地盤に守られており、耐震性に優れ、工事及び工事車両の通行で倒壊するおそれはないということである。しかも、本件工事では、掘削に削岩機は使用せず、ユンボウの先に爪を付けて削り採る方法を用い、また、工事期間中は本件がけ地に防護ネットをかぶせることになっており、本件工事に安全上の問題はないのであるから、結局、この点においても、被告の本件処分は何ら違法ではない。

(五) 宅造法違反について

宅造法は同法の工事規制区域内の宅地造成を規制しているものであって、建築行為を規制している法律ではないところ、そもそも本件建築物の建築は宅地造成工事ではなく、原告らも主張するとおり、玉石積みの本件がけ地は宅造法施行以前に造成されたものであるから、仮にそれが宅造法の規定に適合しないところがあるとしても、それはいわば「既存不適合」とでもいうべきものであり、同法違反というには及ばない。

また、本件階段の設置については、そもそも宅造法八条一項の許可を受ける必要のない工事であり、現にそのようなものとして朝日住建によって宅造法一四条二項の届出がなされ、右届出は平成二年二月一日付で県知事に受理されている。したがって、本件建築計画については何ら宅造法違反の事実は存しない。

仮に本件建築計画に何らかの宅造法違反の事実があったとしても、宅造法は建基法六条三項に規定する「敷地に関する法律」ではなく、建築確認の対象法令には該当しないから、宅造法違反は本件処分の違法事由には当たらない。

(六) 消防活動の障害について

本件コンクリート柱の存在によって消防車が通行できず消防活動が全くできないという事実は存在しないが、仮にそのような事実が存在するとしても、そもそも建基法は、同法一条の目的を達するために具体的に個々の条文を規定しているのであり、そのような個々の条文を離れて同法一条の抽象的な規定により建築確認における審査をすべきではない。

そして、個々の条文を検討しても消防車の通行の有無は建築確認の対象事項ではないばかりか、建基法九三条によれば、消防長は、当該建築物の計画が建築物の防火に関する規定に違反しないものであるときは確認に関する同意を与えて建築主事に通知しなければならないことになっているものの、たとえ消防長が消防活動上支障があることを理由として建築確認に不同意であったとしても、建築主事としては建築確認をすべきであると一般に解釈されそのように運用されているから、結局、消防活動の障害の有無は建築確認処分を行う際に建築主事が審査すべき事項ではないというべきである。

2  権利濫用

原告らが倒壊の危険があると主張する本件がけ地のうち、大きな亀裂が入っている南東角のがけ地は原告安原の所有する土地であるところ、同人は右がけ地の危険な状態を認識しながらあえてそれを修復せずに放置して違法な状態を自ら作出している。また、前述のように、ウパーリ美容室駐車場の本件コンクリート柱がさらに太くなりますます車両の通行に支障を来すようになったのは、原告らの意向によるものである。

このような原告らの態度は、信義誠実の原則及びクリーンハンドの原則に著しく反するものであるから、それに基づく原告らの本件訴えは権利濫用でる。

六  被告の主張に対する原告の反論

1  被告の主張1(一)(建基法四三条二項及び県条例四条違反)について

被告は、接道義務以外の避難上の安全が実質的に確保されているか否かの判断は本来建築主事の裁量に任されているところ、本件敷地の場合、南側のがけ地には有効幅3.1メートルの本件階段が設置されるように計画されているから何ら違法ではない旨主張するが、そもそも接道義務を課した法の趣旨は、単に通行の用に供するためだけでなく、災害時の防災活動ないし避難活動が円滑に行われるようにし、通行の安全を確保するために最低の基準を設けるということにあるから、接道義務以外の避難上の安全が実質的に確保されていれば接道義務に違反しないというものではないし、右安全の確保が建築主事の裁量に任されているものでもない。右立法趣旨からすれば、災害時の防災活動ないし避難活動に支障のないように、敷地部分と道路とが建基法ないし県条例の規定する通行可能な長さだけ実質的に接していなければなれないのである。ところが、本件の場合、朝日住建が被告に提出した設計図面によれば、本件階段の有効幅は1.8メートルに過ぎないのであるから、災害時の防災活動ないし避難活動に支障のないような通行可能な接道部分が六メートルに達していないことは明白である。

2  同1(二)(建基法四三条二項及び県条例一二条違反)について

被告は、県条例一二条はいわゆる青空駐車場には適用がない旨主張するが、そもそも朝日住建の提出した建築確認申請書添付の設計図面からは、それが車庫なのかそれとも単なる駐車場なのかは明らかでない。仮にそれが単なる駐車場であったとしても、県条例一二条は、多くの自動車が駐車する場合にはその出入りが頻繁になり通行・防災に支障を来すことから、それを防止するための道路の幅員を制限する規定であるから、このような条例の趣旨からすれば、重要なのは車庫が設置されているかどうかではなく多くの自動車が駐車するか否かである。したがって、車庫が設置されている場合と単なる駐車場とを区別する合理的理由はなく、県条例一二条にいう「自動車車庫の敷地」とあるのは単なる例示規定と解すべきであるから、本件においても県条例一二条は適用されるというべきである。

3  同1(三)(都計法違反及び同法の脱法行為)について

被告は、朝日住建の一五五二番三〇の土地における持分は全体の八分の五であるから、右持分の面積を本件敷地の面積に加算しても一〇〇〇平方メートルにはならない旨主張するが、土地の共有権者はその土地の全部について使用・収益する権限を有するのであるから、右のような分割した計算方法は誤りである。

また、被告は、建築主事には都計法二九条の許可の要否についての実質的判断権はなく、建築主事としては適合証明書の有無を確認すれば足りる旨主張するが、都計法二九条は建基法六条一項の「建築物の敷地に関する法律」に該当し、建築主事が建築確認に際しその適合性を審査すべき事項であるから、少なくとも都計法二九条ただし書所定の許可不要の開発行為については、当該計画が都計法二九条ただし書に該当するか否かについて実質的判断権を有するのは建築主事であって、適合証明書は建築主事に対して建築確認を行う上での一資料を提供するものに過ぎず、右証明書は建築主事の判断を拘束するものではないから、建築主事としては、単に適合証明書の交付の有無のみを審査すれば足りるものではない。

さらに、被告は、建築主事には脱法行為を取り締まる権限がない旨主張するが、そのように解すると建築確認処分に際し、都計法違反の開発行為を取り締まる機関はなくなり、開発業者は国民の人権に重大な影響を及ぼす都計法の適用を容易に免れることができ、その結果、近隣住民の権利が侵害されることになって不当である。

4  同1(四)(建基法一条及び同法一九条四項違反)について

前述のように、本件建築物の建築により、がけ地の倒壊する危険がある以上、それが確認対象建物の敷地内であるかそれともその隣地のがけであるかは問題ではないし、そもそも原告らは南東角のがけ地のみでなく、本件がけ地全体の倒壊を問題としているものである。

また、被告は、建基法一九条四項の「建築物」は、確認対象の建築物のみをさす旨主張するが、そのように限定する解釈は同法一条の趣旨目的に反するものであって許されない。

さらに、被告は、本件敷地については、建基法一九条四項にいう「安全上適当な処置」としてセットバック及び排水等を講じることになっているから同条項の要件を満たしている旨主張するが、仮にセットバック及び排水等の処置が講じられたとしても、本件がけ地には大きな亀裂があり依然として倒壊する危険があることに変わりはないから「安全上適当な処置」をとったことにはならないというべきである。

最後に、被告は、地盤調査報告書にれば、本件がけ地は相当頑強な地盤に守られており、耐震性に優れ、工事及び工事車両の通行で倒壊するおそれはない旨主張するが、右調査は、がけ地から離れた地点における地盤の調査であってがけ地そのものの調査ではないから、がけ地の倒壊に関しては何の意味もない調査である。前述のとおり本件がけ地には亀裂が入っており、少しの振動でも倒壊する危険があることは一見して明らかであるから、たとえ工事期間中防護ネットをかぶせたとしても、がけ地そのものの倒壊を防護ネットで防止できないことは明らかである。

5  同1(五)(宅造法違反)について

被告は、宅造法は同法の工事規制区域内の宅地造成を規制しているものであって、建築行為を規制している法律ではなく、また、仮に本件がけ地の状況が宅造法に適合しないとしても、それは「既存不適合」とでもいうべきもので同法違反にならない旨主張するが、安全でない宅地に建築物が建築されれば、宅地も建築物も倒壊することになり、右建築物の住民はもとより近隣住民にも多大な損害を及ぼすおそれがあり、宅造法がそれを防止するための法律であることは同法一条に照らし明らかである。したがって、仮に建築主事が宅地造成の安全に関する事項を確認する権限を有しないとしても、建築主事は少なくとも宅造法に関する県知事の許可がなされるまでは建築確認処分を保留すべきである。

また、被告は、本件階段の設置に関して、宅造法八条一項の許可を受ける必要はなく、その旨の届出が県知事によって受理されている旨主張するが、右許可を受ける必要がないとの主張は明らかに誤りであり、本件階段の設置が宅造法に違反する以上、宅造法一四条二項の届出が受理されたか否かは本件処分の違法性とは別問題である。

6  同1(六)(消防活動の障害)について

被告は、消火活動の障害の有無が建築確認の対象となるとする具体的な規定がないから違法ではない旨主張するが、建基法は、建築を認めるに当たり消防車が進入して消火活動ができることを当然の前提としているものであるから、消火活動が十分行いえない場所に本件建築物のような高層マンションの建設を建築主事が許容することは、同法一条の定める法の目的からいっても違法であることは明らかである。

7  同2(権利濫用)について

まず、前述のとおり、原告らの主張するがけ地の倒壊は、原告安原所有のがけ地のみをいっているのではなく、本件がけ地全体の倒壊を主張しているものである。つまり、がけ地の所有者は原告安原のみではない。確かに、がけの修復は本来その所有者が行うべきものではあるが、それには相当費用がかかることであるから、原告らがそれをがけ地の所有者に強制できるものではない。

また、前述のように、本件コンクリート柱の増設は右土地の所有者が行ったものであり、原告らとは何ら関係のない。

したがって、被告の権利濫用の主張は何ら根拠のないものである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一当事者間に争いのない事実

請求原因1(一)の事実、同1(二)のうち原告らが本件建物の近隣に居住していること、同2の事実、同3(一)のうち県条例に原告らが主張するような規定があること、同3(二)のうち県条例に原告らが主張するような規定があること、本件確認申請添付の図面によれば面積一二五平方メートルを超える駐車場が予定されていたこと、同3(三)のうち本件敷地を含む地域一帯が都計法の規定する市街化区域であること、本件敷地に関し同法二九条に規定する県知事の許可を受けていないこと、同3(四)のうち、本件敷地を含む岐阜市鷺山・正木地区一帯が原告らの主張するような区域に指定されていること(ただし、正木地区が急傾斜地崩壊危険区域であるとの点は除く。)、本件がけ地の南東角に大きな亀裂が入っていること、同3(五)のうち本件敷地一帯が宅造法の工事規制区域に指定されていること、玉石積みの本件がけ地が宅造法施行以前に造成されたものであること、本件がけ地に大きな亀裂が入っている箇所があること、朝日住建の建築計画によれば、南側のがけ地に原告らの主張するような本件階段が設置される予定であること、その点に関し宅造法八条の県知事の許可を受けていないこと、同3(六)のうち、原告らの主張する場所に本件コンクリー柱が設置されていることは当事者間に争いがない。

二本案前の主張について

1  原告らの当事者適格の有無について

(一) 行政事件訴訟法九条にいう「法律上の利益を有する者」とは、当該行政処分により、自己の権利もしくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい、右にいう法律上保護された利益とは、当該行政処分の根拠となった法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であって、他の目的、特に公益の実現のため定められた法規によってたまたま私人等が受けることになる反射的利益とは区別されるべきものである。そして、その区別は、当該行政処分の根拠法規が、一般の第三者の公益保護と併せて特定の第三者の個人的利益を一般的公益の中には解消されえない具体的個別的利益として保護しているため、当該行政庁が行政処分をするに当たり、当該処分により許容される行為が特定の第三者の具体的個別的利益を阻害するか否かを考慮することが要求される場合であるかどうかにより、もし、そのような考慮が要求される場合は、違法な当該行政処分により右の個別的利益を害された第三者は当該行政処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者として取消訴訟の原告適格を有するものというべきである。

そこで右の観点から本件処分の根拠法規である建基法をみるに、建基法は、建物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とする法律であるが(同法一条)、その目的を達成するために、同法は建築に関する制限を定め、特に同法六条一項は、建築主が同項各号の建築物を建築しようとする場合には、当該工事に着手する前に、建築主事に建築物の計画の確認を申請してその確認を受けなければならないとし、同条三項は、建築主事が右確認をするにあたっては、申請にかかる建築物の計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令、条例の規定に適合するかどうかを審査すべきものと規定し、その具体的基準は同法及び同法施行令などに定められている。

法がこのような規制を設けている趣旨は、直接には、健全な建築秩序を確保し、一般的な火災等の危険の防止、生活環境の保全等という公共の利益の維持増進であることは前述の同法一条の規定により明らかであるが、この場合における公共の利益は、具体的には、建築主または近隣居住者の生活環境の保全あるいは火災等における安全の保護ということを離れては考えられないから、近隣居住者の生命、身体及び財産を保護し、火災等の危険からそれらを守ることが、とりもなおさず公共の利益に合致するということができる。したがって、建基法は、右近隣居住者の諸利益に寄与する限度において前記公共の利益を保護すると同時に、近隣居住者の右個人的利益を一般私人の反射的利益以上に保護しているものと解されるから、建築主事は建築確認処分をするに当たり、確認対象建物の近隣居住者のこれら具体的個別的利益を阻害するか否かを考慮することが要求されるというべきである。そうすると、本来建築確認が得られないはずの建築物により、生活環境上の悪影響あるいは災害等の危険を受けるおそれのある近隣居住者は、個人として有する法的利益を侵害された者として、右建築確認処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有するというべきである。ただし、建築規制の前記のような目的及び態様に照らすと、右にいう生活環境上の悪影響あるいは災害等の危険を受けるおそれがあるといえるためには、右確認にかかる建築物自体により、直接に、受忍限度の範囲を超えて自己の住居の日照、通風を妨げられるか、もしくは右建築物の火災または倒壊によって自己の住居が類焼あるいは損壊する危険があることを必要とすると考えられる。

(二)  そこで、次にこれを本件について検討する。

(1) 前記当事者間に争いのない事実並びに〈書証番号略〉、証人杉山基の証言、原告安原達治本人、被告本人の各尋問の結果及び検証の結果によれば、本件敷地及び原告らの住居は、岐阜市の中心部から北西約二キロメートルに位置する鷺山の南側斜面を造成した高台の一角にあり、本件敷地周辺の状況は別紙図面のとおりであること、本件敷地の北側は造成された空き地を経て山林になっているが、本件敷地は北側の山林を除けば右高台のもっとも上層に位置し、その西側は南に向かってなだらかに下降する別紙図面記載の道路1(幅員約四メートル、以下「本件西側道路」という。)にほとんど高低差なく接しており、南側は2.5メートルないし三メートルのがけ地で、その真下にある別紙図面記載の道路2(幅員約四メートル、以下「本件南側道路」という。)があり、さらにその南側は急傾斜地になっており、階段状の造成地上に住宅が密集していること、原告大野悦男(以下「原告大野」という。)の住居は本件敷地より本件南側道路を隔てた一段下の南西側造成地上に存すること、本件敷地の東側は原告安原及び原告川上清(以下「原告川上」という。)の住居の敷地(以下それぞれ「原告安原宅敷地」、「原告川上宅敷地」という。)に隣接しているが、原告安原宅敷地の南側及び東側並びに原告川上宅敷地の東側は三メートルないし最大7.49メートルの急ながけ地になっており、その東側のがけ地の真下にある別紙図面記載の道路3(幅員約六メートル、以下「本件東側道路」という。)を経てさらに東側には畑が存在し、畑の中に住宅が散在していること、すなわち、本件敷地、その西側の細井所有地及び一五五二番三〇の土地並びに東側の原告安原宅敷地及び原告川上宅敷地を一体とした土地はその西側から南側を経由し東側にかけて取り巻くようにがけ地(本件がけ地)に囲まれており、右がけ地は、本件南側道路が東側に向かって下り坂になっているため西側から東側に進むに従って次第に高さを増し、原告安原宅敷地の南東角では高さ約4.66メートルに達しており、どの壁面も擁壁(玉石積み)を高く積みあげて宅地造成が行われているが、いずれも宅造法が施行される以前に造成されたものであるため、玉石目地部分のモルタルがもろくなって所々にひびが入り、擁壁内部が空洞化しあるいは水抜きの穴が塞がっているなど相当老朽化が進んでおり、特に南東角の大きなひび割れは顕著であること、また、前述のように、本件敷地の北側が山林であり、また西側及び南側は急傾斜地で階段状の宅地が広がっているため、本件敷地への車両での交通は本件南側道路の東端に接続している別紙図面記載の道路4(幅員約四メートル、以下「本件進入路」という。)を通る以外にはなく、それが火災の際の消防車の唯一の進入路及び災害の際の唯一の避難路となっていること、さらに、本件敷地に建築が予定されている本件建築物は、地上六階建て、世帯数一九戸の高層マンションであり、床面積の合計は1504.86平方メートルで最高の高さが22.87メートルであること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(2)  右認定事実によれば、違法な建築確認により本件敷地の安全性が確保されないまま建築が施行され本件建築物が完成された場合には、原告らは災害の際の避難路の確保、消防活動の障害あるいは本件がけ地の倒壊などの日常の生活環境上の悪影響ないし災害の危険等によって、その生命、身体及び財産が侵害されるおそれがないとはいえないので、原告らは本件処分の取消を求める法律上の利益を有すると認めるのが相当である。

なお、付言するに、被告は、原告らが主張する本件処分の各違法事由ごとに原告らの法律上の利益を検討しいずれの違法事由についても原告らは法律上の利益が存しない旨主張するが、仮に本件処分に何らかの違法事由が存在する場合は、それが何であろうと建築確認を受けられず、したがって、本件建物を建てることはできないはずであるから、このような違法建築物が存在すること自体によって自己の法律上保護された利益を侵害される近隣居住者には処分の取消を求める原告適格があるというべきであり、原告らが主張するすべての違法事由と原告らの損害との間に因果関係がなければ原告適格が認められないものではないというべきである。また、被告は、原告らの主張する法律上の利益の侵害は受忍限度の範囲内である旨主張するが、がけ地の倒壊、避難路の阻塞あるいは消防活動の障害といった危険が受忍限度の範囲を超えるものであることは多言を要しない。

2  期間の徒過について

(一)  前記当事者間に争いのない事実並びに〈書証番号略〉によれば、原告らが本件処分に対し、行政不服審査法に基づく不服申立てを行ったのは平成二年五月八日であること、同年六月一八日に同法一四条一項所定の不服申立期間が徒過したこと、その後の同月二六日に、原告らが再々反論書(〈書証番号略〉)を提出し、右書面において請求原因3(一)の違法事由を詳細に主張していること、しかし、原告らは、同月一一日付再反論書(〈書証番号略〉)において既に請求原因3(一)の違法事由を主張していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  そうであれば、原告らは、不服申立て期間内に請求原因3(一)の違法事由を主張していることになるから、右違法事由について不服申立期間を徒過したという被告の主張は理由がない。

3  被告適格の有無について

原告らが都計法二九条ただし書に関する適合証明書の効力を争っているものでなく建築主事の判断権限の有無を問題にしていることは、原告らの主張から明らかである。したがって、被告に被告適格がない旨の被告の主張は理由がない。

三本案についての判断

1  建基法四三条二項及び県条例四条違反の主張について

(一)  前記当事者間に争いのない事実並びに〈書証番号略〉、証人杉山基の証言及び被告本人尋問の結果によれば、建基法四三条の接道義務の規定に関し同条二項に基づき定められた県条例四条は延面積が一〇〇〇平方メートルを超える建築物の敷地は道路に六メートル以上接していなければならない旨規定していること、本件建物の延面積は1516.06平方メートルであり一〇〇〇平方メートルを超えていること、本件敷地はその北西側において本件西側道路に高低差なく約4.035メートル接していること、前述のように、本件敷地の南側は本件南側道路と24.12メートル接しているが、両者の間には2.5メートルないし三メートルの高低差があること、本件確認申請の新築工事設計書(〈書証番号略〉)によれば、本件敷地の南側にはフェンスが設置される予定であるが、右敷地から本件南側道路に通ずる有効幅3.1メートルの階段(本件階段)の設置が予定されていること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  右認定事実によれば、建基法四三条二項及び県条例四条違反の主張について、次のように判断することができる。

建基法四三条は、建築物の敷地と道路との関係に制限を加え、非常時の避難及び消防活動に支障のない状態を確保するために敷地が一定の長さで道路に接することを定めた規定であるが、敷地と道路との間に高低差がないことを要件としてはいない。したがって、敷地と道路との間に高低差があっても右敷地内に道路面に通ずる階段あるいは傾斜地が設置されていれば、非常時の避難及び消防活動に支障があるとはいえないから、このような場合は、同条により規制されている接道義務を満たすものというべきである。また、このような場合は高低差に関係なく敷地と道路は接しているものと解されるのであって、出入口の幅員あるいは階段の有効幅について建基法ないし県条例の規定する接道長が要求されるものではないというべきである。

これを本件についてみるに、本件敷地の南側と本件南側道路との間には2.5メートルないし三メートルの高低差があるものの、そこには有効幅3.1メートルの本件階段が設置されることになっているのであるから、結局、本件敷地はその南側において本件南側道路と24.12メートルにわたって接していることになり、したがって、建基法四三条二項に基づく県条例四条の要件を満たしているといえるから、この点に関しては何ら違法な点はない。

2  建基法四三条二項及び県条例一二条の違反の主張について

(一)  前記当事者間に争いのない事実並びに〈書証番号略〉、被告本人尋問の結果及び検証の結果によれば、建基法四三条二項に基づき定められた県条例一二条は、自動車車庫の敷地に設ける自動車の出入口は一定の幅員を有する道路に接しなければならないとし、自動車車庫の用途に供する部分の床面積の合計が一〇〇平方メートルを超え一五〇平方メートル以内のときは五メートル以上の幅員を有する道路に接しなければならない旨規定していること、本件確認申請の新築工事設計書(〈書証番号略〉)によれば、本件敷地の北側には面積一〇〇平方メートルを超える駐車場の設置が計画されていること、右駐車場は設計書から見る限り、いわゆる青空駐車場であって床面積を有する自動車車庫ではないこと、その他本件確認申請添付の書類には床面積を有する自動車車庫に関する記載はないこと、右駐車場の出入口は幅員四メートルの本件西側道路に接続しているのみで他に右駐車場に接続した道路は存しないこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  右認定事実によれば、建基法四三条二項及び県条例一二条違反の主張について、次のように判断することができる。

すなわち、県条例一二条は「自動車車庫の用途に供する部分の床面積」と規定しており、同条が規制の対象としているのは床面積を有する建造物としての自動車車庫であることは文言上明らかである。原告らは右規定について「自動車車庫」とあるのは単なる例示であり、同条はいわゆる青空駐車場にも適用される旨主張するが、同条の規定の体裁からみて、「自動車車庫」という文言が単なる例示であると解釈することは到底不可能というべきである。

とすれば、本件敷地内の駐車場は自動車車庫ではなく単なる駐車場であり、他に本件確認申請には建造物としての駐車場は存在しないのであるから、本件確認申請について建基法四三条二項及び県条例一二条に違反した事実は存しない。

3  都計法違反及び同法の脱法行為の主張について

(一)  前記当事者間に争いのない事実並びに〈書証番号略〉、被告本人尋問の結果、検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件敷地を含む地域一帯が都計法の規定する市街化区域であること、本件敷地の面積は実測で970.44平方メートル(公簿面積947.14平方メートル)であり、朝日住建は本件確認申請にあたり本件建築物の敷地面積を右のとおり申請したこと、都計法二九条の開発許可に関し、岐阜県岐阜建築事務所長(以下「建築事務所長」という。)が朝日住建に対し、平成元年一二月二七日付で本件敷地が都計法二九条一号に適合していることを証明する適合証明書を交付し、朝日住建は右適合証明書を本件確認申請に添付したこと、朝日住建は本件敷地の北西側に隣接する一五五二番三〇の土地(公簿面積38.01平方メートル)について八分の五の共有持分権を有していること、本件敷地に隣接する南西角には細井所有地(面積222.97平方メートル)が本件敷地に取り囲まれるように存在していること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  右認定事実によれば、都計法違反及び同法の脱法行為の主張について次のように判断することができる。

都計法二九条は、同法七条の定める市街化区域又は市街化調整区域において同法四条一二項所定の開発行為をしようとする者はあらかじめ建設省令の定めるところにより都道府県知事の許可を受けなければならないとし、そのただし書において、市街化区域内における開発行為であってその規模が政令で定める規模未満のもの(同法一号)については都道府県知事の許可は不要である旨規定し、都市計画法施行令一九条は、その規模は一〇〇〇平方メートルである旨規定している。一方、前述のように、建築主は、当該建築物の計画が建基法六条一項の当該建築物の敷地等に関する法律、命令及び条例の規定に適合することについて建築主事の審査を受ける必要があり、そのために、建築基準法施行規則一条七項は、都計法の規定する区域内において開発に当たる建築確認の申請をしようとする者は、その建築物の計画が都計法二九条の規定に適合していることを証明する書面を添付しなければならない旨規定し、また、都市計画法施行規則(以下「都計法施行規則」という。)六〇条は、右確認申請をしようとする者は都道府県知事に右書面の交付を求めることができる旨規定している。そして、本件においては、これらの規定に基づいて、本件確認申請にかかる本件敷地は都計法二九条一号に該当し、開発許可を要しない開発行為であるとして適合証明書が発布され、本件確認申請書に添付されたものである。

ところで、前記認定のとおり、本件においては、本件敷地の面積は実測で970.44平方メートル、公簿で公簿面積947.14平方メートルであり、いずれにしても一〇〇〇平方メートル未満でる。したがって、本件建築物の敷地は都計法二九条ただし書所定の開発許可を要しない開発行為に該当するから、都計法施行規則六〇条に基づいて適合証明書が発布されたこと及び被告が右証明書を審査して本件処分を行ったことに何ら違法な点はないというべきである。

この点、原告らは、本件敷地の北西に隣接する一五五二番三〇の土地を含めれば、本件確認申請にかかる建築物の計画の敷地は一〇〇〇平方メートル以上になるから、本件建築物の敷地については本来都計法二九条所定の開発許可が必要である旨主張する。しかしながら、本件においてはそもそも朝日住建が一五五二番三〇の土地を故意に本件建築物の敷地から外したことを窺わせる証拠はないし、本来自己の所有地をどのように区分して使用するかはその所有者の自由であるから、たとえ建築主が開発予定地の隣に自己名義の土地を所有していたとしても、右土地を当然に開発予定地に含めなければならないものではないばかりか、朝日住建は一五五二番三〇の土地について八分の五の持分を有する共有者にすぎないところ、共有者は共有物の全部について使用する権限を有するものの、他の共有者を完全に退けて共有物の全部につき排他的に使用することは他の共有者の承諾がないかぎりできないから、結局、朝日住建が一五五二番三〇の土地を本件建築物の敷地に含めるためには他の共有者の承諾を受けざるをえないのであって、この点を考慮すると、朝日住建が本件敷地の隣に共有地を所有しているとの理由のみをもって直ちに本件確認申請が都計法違反であると断ずることはできないというべきである。また、原告らは、朝日住建が本件敷地の南西に隣接する細井所有地を本件建築物の敷地に含める計画をもっているのにことさら右事実を秘匿して本件確認申請をした旨主張するが、朝日住建が原告らの主張するような計画を持っていたことを窺わせる証拠はなく、かえって、〈書証番号略〉によれば、細井所有地はその所有者から既に第三者に譲渡され、現在木造住宅が建築されているのであるから、右原告らの主張は何ら根拠がないといわざるをえない。

以上により、本件確認申請に都計法違反ないし同法の脱法行為の事実は認められないから、被告に都計法二九条の許可の要否についての実質的判断権があるか否かを判断するまでもなく、この点に関して本件処分に違法な点はないと認めるのが相当である。

4  建基法一条及び同法一九条四項違反

(一)  前記当事者間に争いのない事実並びに〈書証番号略〉、被告本人尋問の結果によれば、本件敷地を含む岐阜市鷺山・正木地区一帯が宅造法の工事規制区域に指定されているほか、岐阜市によって、がけ地災害予防特別警戒地域、岐阜市地域防災計画による宅地造成規制指定地区に指定されていること、しかし、正木地区は急傾斜地崩壊危険区域には指定されていないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  右認定事実並びに前記認定の全事実を総合すると、建基法一条及び同法一九条四項違反の主張について、次のように判断することができる。

この点に関する原告らの主張は、つまるところ、本件敷地及びその隣接地に倒壊の危険のあるがけ地があって、本件建築物の建築によりがけ崩れのおそれがあるのに何ら安全上の適当な措置をとらずに、それを放置することは建基法一条及び一九条四項に違反するというものである。

ところで、前述のように建基法六条一項ないし三項によれば、同法上の建築計画に対する建築主事の建築確認は、その計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合するかどうかについて行われるのであるから、右確認対象法令に含まれない法令等に基づき建築確認の違法を主張することは許されない。

そこで、本件では、原告らの主張するようながけ崩れ防止措置に関し、建基法一九条四項が右確認対象法令に含まれるかどうかが問題となる。

この場合、何が建築主事の審査すべき確認対象法令であるかは建基法六条の規定からは必ずしも明確ではないので、当該法規が右確認対象法令に該当するか否かは、結局、建築確認の趣旨・目的・確認申請書に要求されている記載事項、建築主事の資格・能力、当該法規の趣旨・目的、当該法規が他の行政庁の権限事項とされているか否か及び当該法規の特別規定の存否等を総合考慮して判断することになるが、本件では、建基法一九条四項ががけ崩れ防止のための措置を講ずべきことを定めている一方で、前記認定のとおり、本件敷地を含む地域一帯は宅造法の工事規制区域であり、同法もがけ崩れ防止のための措置に関して詳細な規定を設けているので、建基法一条及び一九条四項が右確認対象法令に含まれるか否かの前提として、まず、両者の関係が問題となる。

そもそも宅造法は昭和三六年一一月七日法律第一九一号として制定されて昭和三七年二月一日から施行された法律であるが、同法制定の社会的背景として、そのころは、高度経済成長に伴い宅地造成が盛んに行われたものの、その造成宅地の中にはがけ崩れ等の災害を防止するための十分な擁壁ないし配水施設を備えていない粗悪なものもあり、そのため、集中豪雨等に際しがけ崩れや土砂の流出により人命や財産に多大の被害を与える災害が発生し、宅地造成を規制する必要性が認識されたが、同法制定前に存在した建基法一九条等の規制では十分ではなかったことから、宅地造成に起因するがけ崩れ又は土砂の流出に伴う災害をより強力に規制防止するために宅造法が制定されたものである。

すなわち、宅造法は、宅地造成に伴いがけ崩れ又は土砂の流出を生ずるおそれが著しい市街地または市街地となろうとする土地の区域内において宅地造成に関する工事等について災害の防止のため必要な規制を行うことにより国民の生命及び財産の保護を図ること等を目的とし(同法一条)、そのため、工事規制区域内で行う宅地造成に関する工事については、造成主は、当該工事に着手する前に、都道府県知事の許可を受けなければならないものとし(同法八条)、右工事は政令で定める技術的基準に従い、擁壁及び排水施設の設置その他宅地造成に伴う災害を防止するために必要な措置が講ぜられたものでなければならず(同法九条)、同法施行令において右技術的基準を具体的詳細に規定し、また、都道府県知事は、前記宅地造成の許可に工事施行に伴う災害を防止するため必要な条件を付することができ(同法八条三項)、造成主は右許可にかかる工事を完了した場合には右工事が前記技術的基準に達しているかどうかの審査を受けなければならず(同法一二条)、さらに、工事規制区域内の宅地の所有者、管理者又は占有者は宅地造成に伴う災害が生じないように、その宅地を常時安全な状態に保持しなければならず(同法一五条一項)、都道府県知事は宅地造成に伴う災害の防止のために必要があるときは右宅地の所有者等に対し、擁壁又は排水施設の設置等災害防止のために必要な措置をとることを勧告することができるばかりか(同条二項)、都道府県知事は、工事規制区域内の宅地について、宅地造成に伴う災害防止のため必要な擁壁または排水施設が設置されていないか又は極めて不完全であるために、これを放置するときは宅地造成に伴う災害の発生のおそれが著しいものがある場合においては、必要かつ相当な限度において、その宅地の所有者等に対し、相当の猶予期限をつけて、改善命令を発することができる(同法一六条)など、がけ崩れ防止措置に関し、詳細な規定を定めている。

これに対し、建基法は、同法一条で、「この法律は、建築物に敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り」と極めて抽象的に規定し、当該建築確認にかかる建築物の敷地に関する安全性の確保からは、同法一九条において技術的規制を主眼として規定するにすぎず、特に本件で問題となっている同法一九条四項は「建築物ががけ崩れ等による被害を受けるおそれのある場合においては、擁壁の設置その他安全上適当な措置を講じなければならない」と規定するが、右にいう「建築物」が確認対象となる建築物を指すことは文理上明らかであるばかりか、他にがけ崩れ防止に関する具体的な措置等について何ら規定されていない。右のとおり、これら建基法の規定は、がけ崩れ等による造成宅地周辺住民の生命、身体及び財産の安全を確保するという観点からは、前記宅造法の規定に比較して、具体性に欠け、極めて不十分である。

以上のような、宅造法の制定経緯及び同法と建基法とのがけ崩れ防止措置に関する規定の仕方の格差に加えて、建築主事には、地質学及び土木工学等の専門的知識が要求されていないこと(建築基準法施行令三条及び四条)、建築主事の確認通知は限られた期間内にすることが要求されていること(建基法六条三項、四項)を総合考慮すると、少なくとも、宅造法の工事規制区域内においては、宅地造成に関するがけ崩れ防止のための規制は専ら宅造法に基づいて行われるものと解することが右各法令の趣旨に適するというべきである。

したがって、宅造法の工事規制区域内のがけ崩れ防止措置に関しては、宅造法の規定による規制を受けるのであって、その限りにおいて建基法一条及び同法一九条四項は適用されないから、結局、右条項は、もはや、建築主事の確認対象規定ではないといわざるをえない。

以上により、建基法一条及び同法一九条四項違反は、本件処分の違法事由とはなりえないので、その余の点について判断するまでもなく、この点に関する原告らの主張は理由がない。

5  宅造法違反の主張について

(一)  前記当事者間に争いのない事実並びに〈書証番号略〉、証人杉山基の証言及び被告本人尋問の結果によれば、本件敷地を含む地域一帯が宅造法の工事規制区域であること、玉石積みの本件がけ地は宅造法施行以前に造成されたものであるため、右造成に当たり宅造法八条一項所定の県知事の許可を受けていないこと、本件確認申請の新築工事設計書(〈書証番号略〉)によれば、本件敷地の南側にある高さ約2.5メートルの玉石積みのがけ地を削って本件南側道路に通ずる有効幅3.1メートルの本件階段が設置されることになっているが、右階段設置に関し、朝日住建から建築事務所長に対し、宅造法一四条二項に基づく届出がなされ、それが平成二年二月一日付で受理されたこと、したがって、朝日住建は本件階段の設置工事に関し宅造法八条一項の県知事の許可を受けていないこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  右認定の事実及び前記認定の全事実を総合すると宅造法違反の主張について、次のように判断することができる。

まず、本件階段の設置工事について検討するに、この点に関する原告らの主張は、右階段の設置工事が「土地の形質の変更」に当たり、したがって「宅地造成に関する工事」に該当するから、宅造法八条一項に規定する県知事の許可が必要であるところ、本件では右県知事の許可を受けていないのは違法であるというものである。しかしながら、前述した宅造法の制定経緯、建基法と宅造法との関係、建築主事の資格・能力及び宅造法八条一項に規定する許可は、都道府県知事が、その造成宅地の状況に照らし宅地造成に関する専門的知識を駆使してこれをするものであることを総合考慮すれば、建築主事は建築物の敷地につき、それが宅造法及びその付属法令の規定に適合するかどうかを審査する権限を有しないものと解すべきである。したがって、建築主事は、宅地造成と建築が同時に行われる場合、その宅地造成が宅造法二条二号に該当すると判断したときに、建築主に対し、当該宅地造成につき宅造法の定める手続に従って許可を受けるように指導することはもとより任意であるが、建築主が宅造法八条一項の規定する許可を受けていないことのみを理由として建築確認を拒絶することは許されないものというべきである。

したがって、宅造法八条一項の許可を受けていないことは本件処分の違法事由には当たらず、本件階段の設置工事が「土地の形質の変更」に該当するか否かを判断するまでもなく、この点に関する原告らの主張は理由がない。

次に、玉石積みの本件がけ地に関する原告らの主張を検討するに、この点に関する原告らの主張は、本件がけ地の構造が宅造法施行令八条の定める技術的基準に達せず、しかも、本件がけ地には亀裂が入っており倒壊の危険があるのにそれを放置するのは宅造法違反であるというものである。

しかしながら、まず、前記認定のとおり、本件がけ地は宅造法施行以前に造成されたものであるので、右がけ地の構造が直ちに宅造法及び同法施行令に違反するといえるかには疑問があるばかりか、仮に右がけ地の構造が宅造法施行令八条に違反しているとしても、前述のように、建築主事は建築物の敷地につき、それが宅造法及びその付属法令の規定に適合するかどうかを審査する権限を有しないから、宅造法施行令八条は建築主事の確認対象法令ではなく、したがって、右施行令違反は本件処分の違法事由にはならないというべきである。。

また、本件がけ地の倒壊の危険についても亀裂が入って倒壊するおそれのあるがけ地を放置することは確かに危険であるし、前述のように、宅造法は、このような場合、工事規制区域内の宅地において、県知事は、右宅地の所有者、管理者又は占有者に対して、改善勧告(宅造法一五条二項)を発し、さらに、宅地造成に伴う災害の防止のため必要な措置がとられていないかあるいは不完全であるためそれを放置するときは災害発生のおそれが著しい場合には、改善命令を発することもできるところ(同法一六条一項)、これらの勧告ないし命令は、宅造法の工事規制区域指定前に行われた宅地造成地についても発することができるし(同法一五条一項)、また、改善を要する造成宅地の所有者、管理者または占有者以外の者の行為によって災害発生の著しいおそれが生じることが明らかなときには、その行為をした者に対しても改善命令を発することができる(同法一六条二項)と規定しているのであるから、本件がけ地がこれらの要件に該当するのであれば、県知事は速やかにこれらの規定によって勧告あるいは改善命令を発すべきであるけれども、前述と同様の理由により、この場合も、建築主事には、倒壊する危険のあるがけ地について、右のような県知事による勧告あるいは改善命令が発せられるべきかどうかを判断する権限はないといわざるをえないから、建築主事が建築主に対し、この点についての県知事の判断が出るまで建築確認申請を見合わせるように指導することはもとより任意であるが、単にそのようながけ地が存在することのみを理由として建築確認申請を拒絶することはできないといわざるをえない。

以上により、その余の点について判断するまでもなく、この点に関する原告らの主張は理由がない。

6  消防活動の障害の主張について

(一)  前記当事者間に争いのない事実並びに〈書証番号略〉、被告本人尋問の結果及び検証の結果によれば、本件進入路の東端の交差点には、ウパーリ美容室の駐車場があり、本件進入路への入り口にあたる右駐車場の北東角に本件コンクリート柱が存在するため、右進入路への自動車の進入が困難であること、しかしながら、大型消防車はともかくジープ型及びキャブオーバー型の消防自動車の通行には支障がないこと、本件建築物の建築について建基法九三条所定の消防長の同意があること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  右認定事実及び前記認定の全事実を総合すると、消防活動の障害の主張について、次のように判断することができる。

本件の場合、前記認定のとおり、ジープ型及びキャブオーバー型の消防自動車の通行に特に支障はないこと、本件建築物の建築について消防長の同意があることを考慮すると本件コンクリート柱の存在により原告らの居住地を含む本件敷地一帯について消防活動に著しい支障が生ずるとはいえないが、一方、本件コンクリート柱が存在するために大型消防車の進入が相当困難であることは容易に推認することができ、本件建築物が地上六階建てのマンションであることを考えると、消防活動に全く支障がないと断言することもできない。

しかしながら、仮にそうであっても、建基法には建築物の防火に関する抽象的規定は存しても、消火活動の確保及び消防車の通行の有無に関する具体的な規定はなく、したがって、この点は建築主事の確認対象事項ではないといわざるをえないばかりか、同法九三条において、建築主事は建築確認をする場合には、確認にかかる建築物の工事施行地又は所在地を管轄する消防長又は消防署長の同意を得なければならず、右消防長又は消防署長は、当該建築物の計画が法律又はこれに基づく命令もしくは条例の規定で建築物の防火に関する違反しないものであるときは同意を与えてその旨建築主事に通知しなければならないと規定されているところ、本件では、本件建築物の計画にこの消防長の同意がある以上、もはや建築主事は、確認対象建築物の敷地周辺に大型消防車の進入が困難であることのみを理由として建築確認申請を拒絶することはできないというべきであるから、この点に関する原告らの主張は理由がない。

7  以上のとおり、原告らが本件処分の違法事由であると主張する請求原因3の主張はいずれも理由がない。

四結論

以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、同法九三条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官川端浩 裁判官青山邦夫 裁判官東海林保)

別紙〈省略〉

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